苦しんで
だが。
苦しみを見せてはいけない。
その何倍もの苦しみを、彼女は背負うのだから。
悲鳴をあげてはいけない。
その声を、彼女の鼓膜に焼き付けないように。
覚悟を決め、最後の瞬間を昇は待つ。
『死影』の事が気懸かりだが、瑞樹がどうにかしてくれるはずだ。何だかんだ言っても、義妹の優しさを自分は知っている。
字久は自分が死んだら泣くだろうか? いや、案外ペラペラと自分の悪態をつきまくっていそうだ。あるいは自棄を起こして女性を引っ掛けまくるかも。
司影は……多分、荒れるな……いや、喧嘩相手がいなくなって、逆に少々大人しくなるかもしれない。
そんな事を考えていると。
カシャン、と廊下に一つの音が、足元から響いた。
同時に、体に自由が戻ってくる。
「……どうして、そんな顔が出来るの?」
青い瞳が、濡れていた。
「どうしてそんな穏やかな顔が出来るの?! 死は怖くないと言うの?! 私が憎くはないの?!」
内に秘めていた感情が昇に叩き付けられる。
「どうして私を罵倒しないの?! 貴方の命を略奪しようとしたのよ?! どうして貴方が謝るのよ!」
「……先輩は、悪くないだろ」
泣き腫らした顔をじっと見つめ、
「そんなに苦しんで……そんなに自分を傷付けて……そんな人を、どうして責められるんです? もう、いいでしょう? 自分を、許してあげましょうよ?」
出来る限り穏やかな声を出す。
玲於奈は起き上がり、無言で昇の胸を叩き始めた